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子どもに良い教育を与えたいと思うのは何のためですか。

(息子と2人でシェアしましたが、それでも甘かった)

 

今日は、新年初めの投稿ですので、ずいぶん大きなテーマを記事タイトルに掲げてみました。

 

だいぶ抽象的で恐縮なのですが、「子どもに良い教育を受けさせたい」ってどうなんだろう?ということについてです。

 

先日、高校生の通塾率と大学進学率についての調査結果を書いた記事を読みました。

 

対象は長野県ということで、全国の数字で言うとまた違ってくるのかもしれませんが、それによると、大学進学率は戦後少しずつずっと伸びていっており、2008年に50%を超えたのですが、その後また落ち着いて、ここ5・6年は47~48%でずっと推移しています。

 

それに対して、通塾率は2008年に10%程度だったのが、その後は右肩上がりで伸びていて、2018年には17.3%という数字になっているとのこと。

 

 

通塾率が伸びた要因として、考えられる仮説としては、現在の高校生のパパママ世代はちょうど就職氷河期で苦しんだ世代。

 

だから、子どもには少しでも(就職しやすい)良い大学に入れて、自分が味わった苦労をさせないで済むようにしたい、という気持ちが大きいからではないか、と書いてありました。

 

 

わたし、まさにその氷河期を味わった第二次ベビーブーム世代。

 

そう言われてみると、確かに当時は、

 

「早慶にはかろうじて空いていた門戸が、それ以下の大学だと就職説明会も満席とか言われて参加すらできなかった」

とか、

「コネがあるか、国立理系、あとは早慶レベルの大学でないと大手企業への就職は難しい」

 

とか、色々言われていた時代でした。

 

ですが、だからと言って私の場合には

 

「子どもを国立理系の大学や早慶レベルの大学に何としても入れたい!!」

 

なーんて、思ったことはありません。

 

それこそ、少し前に流行った?「身の丈に合わせて」、子供なりに自分の将来や希望を自ら考えて自ら選択してほしい、とは思いますが。

 

 

わたし達世代よりももうちょっと昔の話では、

 

「子どもには良い教育を受けさせたい。親は犠牲になってもこどもの教育費は確保したい」

 

と言う場合には、良い教育というのは、つまり高卒で就職するのではなく、大学まで行かせてやりたいという意味で使われることが多かったと思います。

 

当時、高卒と大卒では生涯賃金も違うし、大学を出ていればブルーカラーではなく、ホワイトカラーの職業につけて、その後の生活の豊かさがある程度保証されるだろう、と考えられていました(・・・・と思います。)

 

 

ですが、大学全入時代の今となっては、大学に行かせることイコール良い教育を与える、ということではなくなってきています。

 

より有名で偏差値の高い大学で学ぶことが「良い教育」なのか、それとも、新興大学群が一生懸命PRしている「高い就職率」や「有名企業へ就職できる入り口の切符を入手できる大学」がイコール「良い教育を受けられる大学」なのでしょうか。

 

 

もちろん、親として、子どもには豊かな暮らしをしてほしいし、そのためには「稼げる人間」になってほしいとも思います。

 

たとえば、私も初めて知ったのですが、1000人以上社員がいるいわゆる大企業に勤めあげた人の生涯賃金は3億2千万円ある一方で、100名以下の中小企業の場合には2億2千万円、となんと1億も違うんだそうです!(2016年・男性の場合の数字、独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査)

 

氷河期に就活した私たちに対して、大人たちは一生懸命、

 

「大手志向はやめて、本当に自分がやりたいことをまず自己分析してみよう。そして中小企業にも目を向けて就活をしよう」

 

なんて教えてくれていたのですが、その大人たちは1億も生涯賃金が違うなんていうことは一言も教えてくれなかったな・・・・と。

 

そもそもわたしは「あほう学部(割と簡単に単位が取れる法学部のことをこう呼んでいました)」出身だったので、大学では良い教育もなにも、ほとんどきちんとした学問を学んだという記憶はありません。

 

ですが、そもそも18にもなって、自分で色々学ぼうとしなかったのは完全にわたし自身の責任です。

 

 

良い教育がどういうことか、という回答は私には出せないのですが、少なくとも言えるのは、あまりにも親が手取り足取りに大学受験まで併走するということは、長い目で見ると子供にとって良いことにはならないのではないかな、ということです。

 

 

くしくも、近年の教育改革では「生きる力を養う」というテーマが掲げられていて、まさに子供が主体的に考えて、今後加速する国際社会でも自らの意見を臆さず主張できる子供たちを作ろうとしています。

 

そう考えると、親世代のわたしたちは、もう

 

「子どもに良質の教育を!」

 

なーんて意気込んで考えなくてもいいんじゃないかなー、なんて思ってしまいます。

 

これは大学だけの話だけではなくって、例えば、「モンテッソーリ教育」だとか「東大生ママの教育論」だとか色々な教育法が巷では取り上げられていますが、そういったものすべてについて、

 

「せいぜい参考程度」

 

にしておけば良いんじゃないかなーと思うのです。

 

それよりも、親自身が自分を高めようと頑張っていたり、子どものことを常に肯定してあげるとか、そういうことの方が大切になってきているように感じています。

 

なんなら、そこまで一生懸命子供のことを想わなくっても良いと思うんです。

 

 

一生懸命想うと、どうしても子供に「期待」や「見返り」を求めてしまうのは人の道理。

 

期待されてツライ子供をつくらないためにも、親世代は子どもに向けるエネルギーをもう少し、親自身に向けても良いんじゃないかな、と思います。

 

あれ? これ、良い教育を与えたいと思うのはなぜ?という答えには全然なっていませんでしたね(^^;)

 

親だから、子どもにより良い生活を送ってほしいと思うのは当然。

  ↓

だからといって「良い教育を与える」のが、いまや正解ではない!そもそも良い教育って定義が分かりにくい世の中だし。

 

 

・・・・・というようなことが言いたかったのですが。

 

何しろあほう学部卒のわたしなので、うまく文章に出来ませんでした。ゴメンナサイ。

 

Jan 09, 2020 |  45 | 

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